娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市松原児童館で小2男児が職員を背後からバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。苦しむ日々が続いています。事件について考えたあれこれを記しています。私の名前は,久保田昌加(仮名)です。

児童館が作成した資料(2)

 児童館指定管理者が作成した経過資料への疑問について続けます。


娘の印象をおとしめようとする記載
 娘が帰郷した5月25日の部分の末尾に,「何度かK先生へ連絡をいれるがつながらず」との記載があります。娘は帰郷に際しては指定管理者の事業所で施設長や主任に直接面会し,郷里の病院に記載してもらう労災関係の書類を受け取ってから駅に向かっています。事業所内で確認すればわかる話です。なぜあえて,こんな記述をするのか理解できません。娘の不行跡を印象付けたいのではないかと推測しています。

 また,事件日の病院受診後アパートまで送ってもらう間に,娘は館長から「私は25日は休みだから,何かあったら本部の主任に連絡するように」と念を押すように言われていたということです。「休み」としていた人が,翌日は八面六臂の大活躍のようですので,そのあたりの心境の変化も聞きたいところです。

 

郷中の娘との電話

 5月30日のところに,入院中の娘との電話での会話部分もあります。帰郷中の連絡はこの1回だけです。資料では電話での最後の部分に「無理をされないこと、皆で復帰を待っていることを伝えて終える」と穏便に終わったことが記されています。
 しかし実際には,この会話は娘が怒って途中で電話を切っています。それは,加害児童優先の話から始まり,加害児童が「今後のびのびと成長できるように」というような話が延々と繰り返され,被害者の状態をおもんばかる言葉がないままに進められたことから,娘は不信感を募らせます。さらに取ってつけたような話に終始するので,電話で話し続けることに憤りを覚え,少し怒鳴って泣きながら話し,聞くに耐えられないので,途中でキツい言い方をして電話を切ったと娘は言います。この日の夕方に病室を訪れた私は,娘が怒って話すのを明確に記憶しています。
 後に指定管理者の事業所訪問に際し,娘が「児童館関係者には会いたくない」としたのも,ここに繋がります。穏やかな表現自体にウソが含まれていると私は受け止めています。

 

娘が勤務していた小学校校長との電話

 事件当時,娘は児童館のほかに,児童館とは別の区にある市立小学校で臨時講師もしていました。事件翌日,この小学校長が児童館に電話を入れ,娘が郷里に帰ることを伝えています。その校長先生との会話に関して「校長先生からは、加配児のことでお気の毒です。また、何か動きがあれば連絡を入れますね、と言葉をいただく」とねぎらったような言葉があります。資料が来る前に校長先生に会った時にも児童館に対する不信感を示していたので,改めてこの記載を確認したところ,「このような穏やかな会話ではないはず」とのことです。

 なお,ここに記載されている「加配児」は,何らかの意図があって記載しておきたかったものと思います。そのことについては稿を改めて考えてみたいと思います。いずれにしても,事実と異なる記載と見ています。

 

娘との電話連絡

 6月5日以降について「K先生には3回電話を入れるが出られず」とマーキングして記載されています。しかし,娘自身は受けた記憶を持たないし,携帯電話にも記録は見られませんでした。これも被害者側の不誠実を印象付けたい記載と考えています。