娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市児童館で小2男児が職員を後ろからバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件以降のあれこれを記していきます。ブログ開設趣旨を,開設日2018年10月3日に記載しています。私は,久保田昌加(仮名)

凶器のバットは「やわらかい」のか

 事件が娘にもたらしたもの,その大きな一つは身体的な負担になると考えています。具体的な症状については,以前記していますのでそちらをご覧ください(10/05『被害者である娘の症状』)。頭部外傷,つまり脳への衝撃を受けたので,身体各所に不具合が現れてきていますし,PTSD(心的外傷後ストレス障害)も抱えています。多くの医師のお世話になっています。最近も著名な脳震盪の専門医の診察を受けることができ,衝撃を受けないような生活や認知症も含む脳の症状への細心の注意をアドバイスされたそうです。20代半ばにしてその身体は大きな荷物を負わされており,親として何もしてやれないもどかしさに悩まされます。娘がそうした状態にあることを前提にして,これまでの神戸市の対応について考えます。

 12月の記者会見資料に,「野球をできないことを不満に感じた児童1名が手にしていた野球用バットを振りまわし、引率職員のうち1名をたたいた」「被害職員が他の児童と立ち話をしているところを、背後から右耳の上を競技用ではないバット(長さ75cm、自重480g、外被ポリウレタン、芯材FRP)で叩いた。叩かれたことにより、一瞬被害職員が気絶するがすぐに気を取り戻した」とあります。「なぜ殴ったではなく『たたいた』なんだ!」「外被ポリウレタンで芯材FRPならどうした!」「脳震盪に陥った人の行動をわかって言ってるのか!」と叫びたい気持ちになりました。
 3月常任委員会で委員から「職員の頭をバットで殴打をするという事件について、詳細・経緯を聞かせて」と問われ,部長は「持っていたバットで、あのーオモチャではないですけれど、何ていうか柔らかいポリウレタンのバットで指導員を、叩いてしまった」と答弁をします。「ポリウレタンでどうした」「なんで『たたいた』だ!」と怒鳴りつけたい衝動にかられました。

 そうしたこともあるので,5月に神戸市長宛に提出した質問状にも「凶器とされたバットについて、警察からは『殺傷能力がある』と説明されていますが、その凶器を3月の委員会で『柔らかい』と答弁されている根拠は何れに」とする質問を入れました。どういう材質であれ,殺傷能力がある凶器であり,重い障害をもたらされたことだけは確かなわけですから,そういう被害者の存在や状況を知っての答弁なのか確認したいところでした。
 この質問に対する神戸市の回答は,「指定管理者からの報告に基づいた説明を行っているものです。また、指定管理者から提出されたバットの製造元であるエバーニューのカタログ内でも、「バットの表面はポリウレタンで柔らかい」との記載がなされていることや、市としても現物で、競技用の金属や木製のバットとは違うということを確認したためそのような表現をした」というものでした。

 商品説明で話を済まされては困るのです。この回答の内容は,事件現場の情報を指定管理者の情報にのみ頼ってきたツケとみています(10/25『市は指定管理者の広報係?』)。一度も被害者に接することなく過ごしてきたゆえの,表面上の説明しかできないのです。市がバットにこだわるのは,指定管理者の当初からの事件説明に関連します。既に記したことですが(10/12『方向転換できなかった神戸市役所),昨年6月28日に私と娘が指定管理者を訪問して警察への調査協力を求めた際に,指定管理者がこだわった話が「加害児童は発達障害」(10/13『「発達障害だから暴力」という発表』)と「バットはプラスチック」という2点でした。小2児童による殴打事件,という事件性をできるだけ薄めたい指定管理者の思惑が見出した「事故の内容」だったのでしょう。現場の情報を持たない神戸市は,指定管理者の情報を頼るしかありません。事件後2週間ほど経過した6月5日には,事件は「軽易なもの」としての収束を図られます。

 しかし,ことはその思惑とは別の方向に動きます。事件は重大と考える被害者は警察に被害届を提出します。しかし,神戸市は状況の変化を受け止められず,指定管理者とともに「軽易」とする姿勢の維持を選択します(11/09『事態は矮小化されている』11/23『神戸市の「検証」を検証する』)。そうした中にあるので,動作は「たたいた」,バットは「やわらかい」とし続けなければならなかったものと推測しています。

 6月市会常任委員会で,委員から「『金属や木製のバットとは違う』ということと『柔らかい』ということはイコールではないと思う」と問われ,部長が「確認を致しましたところ、製造元のカタログでも確認いたしましたけれども、バットの表面をポリウレタンで柔らかいという記載があるとの報告を受けましたり、あるいは市としても現物で金属や木製のバットとは違うということを確認したため、そういう表現を使わせていただきました」と答えています。ポリウレタンで覆われたバットを持った加害児童ではなく,金属や木製のバットを持った別人に娘は殴られたとでも言いたいのか,と言い返したくなります。

 それ以上に,ことの本質はそこではないはずです。そうした道具の質の話ではなく,結果として大きな重荷を負わされた被害者がいる事実をどう考えるかということです。だからあなた方は,被害者に二次被害をもたらしていることに気付かないのだ。「血の通う仕事」というものが頭の中に無いのでしょう。「人でなし」と呼ぶ所以です(10/23『事件と事故にこだわる理由』)。被害者との間にこうした状況を生んでいるのも,あなた方が被害者に向き合おうとしなかった姿勢からきていることに気が付かないのですか?