娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市松原児童館で小2男児が職員を背後からバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。苦しむ日々が続いています。事件について考えたあれこれを記しています。私の名前は,久保田昌加(仮名)です。

やはり事件は隠蔽から動き始めたのではないか

 前回の救急車が呼ばれなかった理由を考えていくと,隠蔽が浮かび上がってくることを書きました(’19/05/31『救急車を呼ばない理由=隠蔽』)。そのとらえ方を踏まえ,改めて娘の事件に重ね合わせて考えると,やはり事件そのものが隠蔽によってねじ曲げられたのではないかという以前からの疑問がより鮮明になってくるように思います。

 事件と隠蔽の関係を考えるうえで検討材料となるものを,とりあえず2点記しておきます。
 ①現場に救急車は呼ばれていません。被害者は,自分が救急車で運ばれたものと思い込んでいました。事件後の被害者の記憶は失われている部分がありますが,それが頭部への打撃による脳震盪の症状に関係することを後で知りました。脳震盪は救急車を呼ぶべき症状です。それにも関わらず児童館は呼ばない判断をしました。娘は今も脳震盪による後遺症の治療を続けています。
 ②加害児童に対する法的措置が行われません。事件はバットによる被害者頭部の殴打,故意によるもので大人であれば当然刑法による措置を取られる行為です。それにも関わらず警察への通報は行われず,現場確認は遅れることになります。加えて加害児童に対して少年法に基づく保護措置が必要だったはずですが,児童館は保護者に退会届を出させただけです。児童は世間に放逐され,何ら法的措置は取られません('18/11/05『児童はなぜ野放しにされたのか』)。

 上記①と②に共通するのは「大ごとにしたくない」という判断です。そのことを踏まえて次のことを指摘しておきます。
 児童館作成資料によると,事件翌日に神戸市担当に電話を入れますが,担当からは「市として特段対応しないが後でメモを」と返答されます。電話を受けた担当がこのように返答するということは,電話の内容が「大ごとではない」ということを意味します。警察が呼ばれるような事件であったという認識はうかがわれません。神戸市担当による事件現場の確認は,事件後12日を経た6月5日に行われ,課長が労いの言葉をかけています(’18/10/11『「事故」現場はどのようにできたのか』)。「大ごとではない」という報告がされ,それに合わせた市の対応が行われたということです。(神戸市の『公文書管理規程』では,電話による報告などの場合「重要であると認められるもの」は文書として処理しなければならないことになっていますが,私どもから求めた情報公開には出てきません。電話報告が「重要」と受け取られなかった=「大ごとではない」と判断されたので,記録が作られなかったことを意味します)

 事件から1カ月以上経過してから,娘からの被害届が提出され,警察による触法調査が始まります。このことは,児童館から出された情報とは異なる情報が出されたことを意味します。しかし,施設設置者である神戸市はこの情報と向き合おうとしませんでした。本来であれば,手持ちの情報と違う情報があれば,それを含んだうえで事件の全体像を考える,というのが常道だと考えます。その転機とできるのが,被害者・被害届だったはずですが,ここに触れようとしません。
 神戸市はその後も被害者に面会する,情報を得るという行動を取りませんでした。指定管理者の情報に依存したまま半年後の記者会見で事件のことを世間に発表します。指定管理者作成資料に「事故の瞬間は子どもしか見ていなかった」とありますが,唯一の大人である被害者からの情報を得ないままの,被害者の記憶とは異なる話が世に出されたのです。

 私どもから3月に提出した質問状に被害者からの被害届提出を機に「事件そのものを見直す対処は考えなかったのでしょうか」との質問を入れましたが,予想通りこの質問の答えはありませんでした。まともに答えないのは彼らの常套手段ですが,ここまで来ると隠蔽共犯ですよ。

 以前,5月にあった尼崎高校バレーボール部体罰事件に関連し,尼崎市教委が隠蔽を覆したことを記しました('19/05/19『暴力・救急車呼ばず・隠蔽・・・また?』)。学校から上がってきた情報と異なる情報が出てきたことで,情報全体を市教委が整理し直し,隠蔽があったことを認め,市長による謝罪に至ります。神戸市の対応はこれと真逆といえます。

 指定管理者から送られてきた資料に対する違和感,神戸市の被害者への対応に対する違和感の要因が一つ増えたように感じられます。隠蔽というレンズを通し,残されているパーツを改めて見直していくことの必要性を,今,感じています。