娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市児童館で小2男児が職員を後ろからバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件以降のあれこれを記していきます。ブログ開設趣旨を,開設日2018年10月3日に記載しています。私は,久保田昌加(仮名)

指定管理者はノウシントウを知らなかっただけなのか

 娘の症状の中でも重いノウシントウについて,事件直後から関係者が触れてこなかったことへの疑問を前回記しました(’19/09/22『ノウシントウ,知っていますか?』)。このことについて,被害者と指定管理者との関わり方を振り返りながら,具体的に記しておきます。

 事件から3カ月以上経過した2017年9月,私どもから提出した労災書類の中に,娘の記憶をもとに「意識を失って倒れ、病院で意識が戻った」と記入したことに対し,指定管理者から「脳外科で意識が戻ったのではなく、本件発生後、すぐに意識は戻って」いた,として書類が返されました。
 自分たちと違う認識があった場合,何らかの調整の話から始めるのが一般的ではないかと思いますが,それもなく,「当法人が把握している事実関係と異なる事実関係を前提としたご依頼・ご主張には対応致しかねます」と。従わなければ労働基準監督署へ書類を提出しませんと読めるわけで,これは強迫ですよね?私としてはとても受け入れられる話ではないので,誰が何を根拠に「意識を回復した」と判断したのかなどの質問も添え,反論文書を送りました。

 すると翌10月,指定管理者の代理人が登場し,「意識があることは明らかな状態」だったので「質問の前提自体が異なって」いるとの文書を送られました。児童館に歩いて戻ったし,他の職員の問いかけにも返答していた,意識を失っている状態ではない,と。児童館長が新たに作った資料も添えられていましたが,7月の時点でも疑問資料しか作れない人が,さらに3カ月も経ってからまともな資料を作れるとは思えません。何よりも娘が「通常と変わらない状態」を強調するための資料ですから,「信用度ゼロ」資料,却下です。
 事故直後の娘の状態については,歩いたかもしれませんし答えたかもしれませんが,それがノウシントウの症状である「意識消失」の状態にあったことは確かでしょう(前記『ノウシントウ,知っていますか?』参照)。

 私は最初,指定管理者はノウシントウについて無知だ,症状を知らな過ぎる,と考えました。しかし冷静に考えるとそうではないようです。これに関連する神戸市回答によると,事件発生後1時間半も経過してから,館長が「念のために」「市内有数の脳神経外科を有する病院」に被害者を連れて行っています。何か気になる部分があったからこそ「念のために連れて行った」のではないでしょうか。救急車を呼ばない判断をしたのも館長ですが,気になるくらいだったら最初から救急車を呼べば良かっただけの話です。救急車を呼ぶことはそれほど敷居が高いのですか?また,ノウシントウの診断においては,CTやMRIなどの画像検査よりは本人や周囲にいた人からの丁寧な問診が重要とされますが,同行した館長はどのような説明をしたのでしょう。何しろ,事件矮小化の中心人物ともいえる方ですから,是非聞いてみたいところです。

 考えなければならないのは,事故直後の対応に関する被害者との認識の違いについて,なぜ指定管理者はそんなに認めようとしないのか,直後の症状にこだわるのか,ということです。脅迫まがいの言辞を用い,従わないとわかると代理人まで引っ張り出してきています。そこまでして「守りたかったのは何か」という話です。

 結論から言えば,事実と異なる矮小化した情報を守りたかったということでしょう。矮小化して「事件」ではなく「事故」と周りに説明し,事件12日後の6月5日には神戸市にも理解を得た状況にしていますので,それを死守したかったはずです。神戸市や小学校はもちろんとして,「被害にあった職員の方に問題があった」と情報を流したであろう関係者もいるでしょう。そうした人たちを味方につけた状態を維持しなければなりません。事件を小さく見せるためにも,被害者の症状は軽いものにしておきたい,被害者が重症では困る,と考えていたはずです。だから症状の説明も,事件当日の診察で明確になっていた聴力だけにしておいたはずです。それを印象付けるうえでも,被害者が普通に歩いて戻ったことや他の職員の問いかけに返答していたことを強調しなければならないのです。だから救急車も現場に来てもらっては困るのです。というよりも話は逆で,コト(事実)を大きくしないためにも救急車は呼びたくなかったということでしょう!

 しかし,「事実」は娘の体に残されました。事件直後に放置されたノウシントウは,今もって治療継続を必要としていますし,娘は今後も注意を重ねながらの暮らしを強いられます。事実がねじ曲げられていることとともに,そうしたツケを全て被害者である娘に押し付けたままにしていることを私は問題にしているのです。そして,こうした指定管理者の報告を鵜呑みにしている神戸市の対応が,娘の苦悩を増幅していることも敢えて記しておきます。