娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市児童館で小2男児が職員を後ろからバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件以降のあれこれを記していきます。ブログ開設趣旨を,開設日2018年10月3日に記載しています。私は,久保田昌加(仮名)

職場のいじめはなぜ生まれる

 神戸市の教師間いじめの事件,世間の関心が高いまま報道も続いたことで,私も興味のままに3回も書いてしまいました。結局,神戸市は加害教員への給与差し止めを可能とするための条例改正を急ぎ,市長は報道陣に「加害教員に給料が支払われることに苦情が殺到し、懲戒処分まで待てない。どうしても必要だった」と強調したようです。この過程で弁護士などによる審査会は加害の4教員全員が該当するかは疑問とする見解を示したようですが,市長は「見解は適当でない」として処分の実施を進めるようです。とにかく事態の早期鎮静化を図りたいという本音が強く感じられるところです。その後の報道数はぐっと減りましたし,世間の関心も下がっているように感じられるので,してやったりでしょうか。しかし,案の定,加害教員のうち1人が処分を不服として市人事委員会に審査請求をしたようです。今後の動向を見ておきたいと思います。

 この事件が長引いている間に,同じ兵庫県内での教師間いじめの報道が出てきました。姫路市立小学校で,2017年4月から採用になった20代臨時講師が先輩教諭からいじめを受け,着任2カ月後には心療内科に通い,復帰後8月の教員たちの宴席で,30代の男性教諭に「1回死んでこい」と暴言を受け,30代女性教諭に頬を叩かれるといういやがらせを受けたとのことです。男性教諭は「酔っていて覚えていない」とし,女性教諭は「拳を頬に当てただけ」と話しているようです。そしてこの臨時講師は,この月末に退職したというのが経緯のようです。市教委は学校からの報告を「解決済み」と判断し,臨時講師から話を聞くこともなく詳細な調査をしなかったことです。
 この出来事は2年以上経ってから報道されたことになります。神戸市の問題がクローズアップされたことで,被害講師は過去の悔しさをナシにできない心境になったのでしょう。2年前に見逃した市教委は今後調査を始めるようですが,暴力行為に対する社会の感度が大きく変化してきていることを肝に命ずるべきでしょう。教育界の方々には,神戸市の事件をもとに改めて身の回りを振り返っていただき,類似事例の有無を調べるとともに,教育現場から暴力を駆逐する方向に動いてほしいものだと思っています。

 教員の暴力行為に注目していたら,次は消防士のいじめ事件も露見しました。茨木市の消防分署で,30代の職員2人が,20代の後輩職員の首に自動血圧計を巻き付けて首を圧迫し,苦しむ後輩を楽しんだようです。2人からその報告を受けた40代の職員は,口外しない隠蔽を指示したようですが,自身も別の20代職員に対して体をロープに縛ってポンプ車の手すりに逆さづりにするという行動をしていたとのことです。結果,この40代職員と30代職員2人の3人は懲戒免職になりました。消防士の仕事は,火災や災害,事故など命にかかわる現場です。一刻を争う場で,チームとして一体となった行動も求められる分,チームの中の上下関係も厳しいものとなり,軍隊的訓練も行われていると思います。そのことは上に立つ者の自らを律する行動があって成り立つものでなければならないと思います。30代40代になってもそういうことに気付かぬ呆れるばかりのバカがいた,というのが私の感想です。

 教師にしても,消防士にしても,社会において応分の信頼を得ている専門職であることを考えると,悲しく悔しい思いをしている同業の方が多いことと思います。2つの事件を並べてみると,職業に慣れた先輩がまだまだ慣れていない後輩をいじめて楽しんでいる職場はどのようにできるのかという,職場でいじめという暴力が成り立つ構造が示されています。いじめを許容する暴力的な上司がいる,外からは見えにくい囲われた職場空間がある,自身の立場を自覚できない=大人になっていないベテランがいる,などでしょうか。組織というタテを持つ社会では,上に立つ者は自らを律することのできる人間であること,そのような人間が育つ組織環境が重要に思われます。
 大人になれない人間はどこにでもいるわけで,教育委員会や消防本部のような管轄・指導する組織には,身内意識を持つことなく社会的規範で現場職員の行動を冷静に判断できるようにしておいてほしいものです。隠蔽に対する感度を高めてほしいし,世間に対して誠実であってほしい。それが暴力に対する向き合い方にもつながる話になっていきます。ちゃんと向き合えねば,暴力という社会のひずみを被害者だけが抱え込まされるだけの話になってしまいます。このことは,これまでこのブログに記してきた娘の事件での神戸市の対応を反面教師として,あえて記しておきます。