娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市松原児童館で小2男児が職員を背後からバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。苦しむ日々が続いています。事件について考えたあれこれを記しています。私の名前は,久保田昌加(仮名)です。

虐待が増えていることの意味

 警察庁が,昨年1年間で把握した刑法犯の数値を2月6日に発表しました。新聞によると,刑法犯全体の数値は「74万8千件余」で,「前年の数値を下回って5年連続で戦後最少を更新した」とのことです。減るのは良いのですが,逆に「子どもの被害や家族間トラブル,ネット関連事件は多発」となっていました。私が気になったのは「ネット」の前の部分です。昨年1年間で虐待を受けた疑いがあるとして,警察から児童相談所(児相)に通告した18歳未満の子供が,「前年より17,590人多い97,842人,21.9%増になった」とし,この統計が残る2004年から「毎年増え続けて,過去5年間では2.6倍で最多を更新」したと続きます。その虐待の内容別では,「心理的虐待」が72%で最も多く,体を傷つける「身体的虐待」は19%,「育児放棄(ネグレクト)」が9%,「性的虐待」が0.3%。これらの虐待に伴って親などを摘発した事件数は前年比577件増の1,957件で,これも過去最多。摘発された件数の83%が身体的虐待となっていました。
 この警察庁の発表があった日に前後して,乳幼児揺さぶり事件に関する判決が大阪と東京であっています。大阪のものは控訴審で一審判決を覆して無罪判決が出され,東京は一審でしたがやはり無罪判決が出ています。私がここでこの問題に触れるのは,虐待との関連で「乳幼児揺さぶられ症候群になるのは育児で行き詰った親が揺さぶった」的理由が多かったと記憶していたからです。ただ近年の裁判では,乳幼児が揺さぶられた根拠とされる症状に対する疑問が示されてから無罪判決が増える傾向にあるともありました。私は,乳幼児揺さぶり案件全てが同様ではなく虐待のケースも少なくないのでは考えています。
 厚労省の統計では,児童相談所が受理した児童虐待への対応数について,2018年は159,850件あったとされますが,その統計が始まった1990年は1,101件になっています。年号で見ると平成2年から平成30年で,平成の間で145倍超にふくれあがったことになります。同じく厚労省から先月末に児童養護施設で暮らす子供に関する発表があり,全国の27,0261人のうち,親などから虐待を受けた経験のある子供が17,716人で65.6%に上るとし,4年前の同じ調査から6.1%上昇しているとなっていました。また,今月9日には緊急的に子供を預かる児童相談所の一時保護所が定員超過に陥っているとする報道があり,特に大都市部では深刻な状況にあるとのことで,虐待に対応する制度そのものの見直しが求められている段階にあると私は受け止めました。

 刑法犯全体の件数で考えると,2002年の約285万件が戦後最多でその後は17年連続で減少し,現在はピークの4分の1近くになっていて,全体に占める割合が大きい街頭犯罪や侵入犯罪の減少が続いているとしています。そうした中で,虐待は増えているのです。警察庁は,虐待が増加した理由について「国民意識の高まりなどにより通報や相談が積極的になされていること」などを挙げています。私はそれだけではなく,実際に件数そのものが増えている,家庭での暴力そのものが増えているのだと受け止めています。
 先に触れた警察庁発表にある心理的虐待の6割は,子どもの前で親が配偶者らに暴力を振るう「面前DV」に伴う警察の対処過程で明らかになったとされていますから,暴力的な空気がふくらんだ家庭では虐待もDVも状態になっているのだと思います。ここに取り上げた数字は,社会全体の中では大きくはない数字かもしれませんが,暴力的な空気がよどんでいる家庭が確実に増えていることを意味していると考えています。これまでも何度か書いてきましたが,暴力は閉鎖された場所で行われます。地域社会とのつながりが希薄となる世間の中で,さらに閉鎖された家庭が暴力によって崩壊しかかっているのだと考えています。数字以上に重い課題が社会の中で進んでいるのではないでしょうか。ごく普通の暮らしが暴力的な空気で覆われていく,暴力が暮らしの中に忍び寄っていることを誰もが意識しなければならないのだと思います。

 娘をバットで殴ったのが小2男子と聞いた時「まさか」と信じられない思いがありました。しかし,娘の説明を聞いてそのようなこともあり得ると考えるようになりました。いじめの報道に触れながら「子供界」が暴力行為で荒れていることを考えるようになりました。そういうことは客観的に考えられても娘の事件に戻ると,感情的にしかなれません。加害児童保護者からは未だに謝罪もありません。ついつい「暴力的な家だからそんなもんか」的気持ちになってしまいます。