娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市松原児童館で小2男児が職員を背後からバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件についてのあれこれ,世に伝えられる暴力などについて考えたあれこれを記しています。私の名前は,久保田昌加(仮名)。

神戸市,今度は児童相談所ですか

 これも今月報道された話から始めます。今月10日の午前3時ごろ,と言いますから真夜中になりますが,神戸市の児童相談所である「こども家庭センター」に助けを求めに来た小学6年の女児を当直者が追い返していたことが,19日になって報道されました。
 娘がバットで殴打された事件から5カ月を経た2017年10月,私と娘は神戸市こども家庭センターを訪れました。この月,事件を調査した警察が加害児童をこども家庭センターに送致したのですが,その児童への厳格な対処を要望するためでした。そのことを思い出しながら,TVニュースで流されるこども家庭センター建物の外観映像を眺めていました。

 今回の失態に話を戻すと,虐待に遭っている子供たちを保護する施設である児相が,「親から家を追い出された」と話す女児に対して,「警察に相談するように」はないだろう!と思った人は少なくないはずです。幸い,近くの交番を訪れた女児は保護されたようですが(その後女児はこども家庭センターに移されたので「警察はセンターの保護者にされてる」とつぶやきました),施設の役割をどの程度研修させていたのでしょう。現在の少なからぬ公的施設には指定管理者制度が導入され,この施設もその制度下にあります。異なる目的のもとに設立された組織の人たちが,施設の目的・役割をどの程度理解していたかの問題でもあると思っています。
 当直者失敗の一番の要因はそこにあると思いますが,当直マニュアルの書き換えの必要も生じたともありました。マニュアルには,入館拒否を「自分で判断してもいい」と解釈できる表現があったとのこと。作る側にも現場感が乏しい,もしくは字句に対する想像力が不足していたのだろうと推測しています。

 私が特に気になったのは,当直者がインターホン越しのやり取りの中で,女児の年齢や名前すら確認していない,ということでした。ごく初歩で基本的な話ではないでしょうか。娘の事件では,たまたま事件現場を通りかかった人がおり,倒れた娘を児童館に運び込んでくれたそうです。娘もその人のことをおぼろげながら覚えていましたし,児童館の資料にも書き込まれていました。しかしその後,その人の行方はようとしてわかりませんでした。警察も熱心に捜してくれましたが,見つかることはありませんでした。児童館では,この親切な人の名前も連絡先も聞いておかなかったのです。通常ではあり得ない対応だと私は腹立たしく思っていますが,児童館としては存在してほしくない人だったのだと今は考えています。今回の当直者が名前すら聞かなかったことで思い出し,腹立たしさもぶり返しました。

 それにしても神戸市,事件が多い所という印象をぬぐい切れません。娘の事件の関係もあるので,私は「子供絡み」の事件しか拾っていませんが,それでも報道された事件は少なくないという印象を受けます。この1年を振り返ってみても,兵庫区児童館での複数男児による女児への暴力・わいせつ行為,高校生の飛降り自殺,極めつけは連日報道された東須磨小学校の教員いじめでした。そして今回のこども家庭センターです。こう事件が立て続くと,娘の事件は過去に追い立てられ,忘れられていきます。これを風化と言います。
 でも,私たち親子にとっては風化させるわけにはいかないのです。事件を虚偽の世界に押し込め,風化を望む人たちがいるから。児童館や神戸市の担当者たちが,事件の真実に向き合おうとするまでは続けなければならないからです。娘を虚偽の世界に置くわけにはいかないのです。父として。