娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市松原児童館で小2男児が職員を背後からバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件についてのあれこれ,世に伝えられる暴力などについて考えたあれこれを記しています。4の付く日に更新しています。私の名前は,久保田昌加(仮名)。

加害者対応だけで済む時代ではない

 前2回,事件との向き合い方に変化が出てきているのではないかということを書きました。少年が関係する事件について,20年ほどの時間を踏まえて考えれば,という話です。
 一つは2004年に制定された犯罪被害者等基本法が成立です。事件によって日常を奪われ,その後の生活に窮することの多い被害者の支援に係る基本事項を定めていますが,前文の中に「犯罪被害者等の視点」の文言があります。事件によって人生を狂わせた人の存在を法的に位置づけたことになります。もう一つは,2013年に公布された「いじめ防止対策推進法」です。この中の学校が講ずべき措置の中に「いじめを受けた児童生徒又はその保護者に対する支援」が記されています。これに先立って文科省は2006年に「いじめの定義」を変えますが,その中で「いじめられた児童生徒の立場」に立つことを記しました。加害側だけでなく被害側も視野に入れることが明示されました。昨今報じられるいじめ事件の数々は,こうした新しい取組み方に対応できない現場管理者がいるからなのだろうとも考えます。
 これまでの少年事件は少年法などにより加害少年に力点が置かれましたが,これからは被害者も視野に入れる,事件そのものを俯瞰的に見ていく視点が求められるようになってきている,と私は受け止めています。その視点から,改めて娘の事件を振り返っておきたいと思います。

 事件が起こったのは2017年5月24日。頭部をバットで殴られたというのに救急車が呼ばれることはありませんでした。娘は1時間半も経ってから,児童館長に連れられて2か所の病院を回ります。納得できる診断を得られず,翌日になって入院の指示を受けますが,前日の対応に不安と不満を覚えていた娘は,郷里へ帰っての入院治療を決断して手続きをとり,帰郷して入院治療に入ります。その入院中の5月30日に娘に児童館長から電話がありました。児童館資料にも,娘の状況や家族への対応,加害児童の状況などが話され,穏便に終わったことが記されています。しかしこの電話は娘が途中で切っています。私が仕事帰りに病院に寄った際に,娘が興奮気味に涙を浮かべて話したのを覚えています。娘によると,児童の処遇のことが話の中心で,被害者のことを全く気にしていないと感じたので悲しくなって切ったと言いました。その後,児童館長や指定管理関係者からは一切の連絡を受けていません。救急車が呼ばれなかったのも,こうした姿勢からくるものだと考えています。

 児童館の資料によると,事件後12日を経過した6月5日に市の担当課長・係長が児童館を訪問し,資料をもとに経過報告が行われ,課長は館長に対応をねぎらっています。私はこれを「手打ち式」と呼んでいますが,この時点まで市から被害者側への連絡は一切ありません。館長からの報告が「軽易な事故」だったからということでしょうが,恐怖を味わったうえ後遺症に悩む被害者にすれば許せる話ではありません。
 郷里での療養を終えて神戸に戻る娘に私も同行し,その際に被害届の提出手続を進めました。娘と私は6月28日に指定管理者の事務所を訪問して警察への協力を依頼しました。このことはその日の内に神戸市担当課に報告されています。状況はここで変わったと考えています。被害者という児童館とは異なる情報の持ち主が登場したわけですから。しかし,市からの問い合わせは一切ありませんでした。そこで私は7月12日に神戸市担当課のこども青少年課に電話を入れ,電話に出た係長に被害者の置かれている厳しい状況を説明しました。しかし,その後に行った情報公開では,この電話は記録として残されていませんでした。
 指定管理者も市も,まるで被害者が存在しないかのような対応を続けたといえます。では,加害児童はどうだったのか。それについても,少年法に則った対応は行われておらず,厄介払いのような対応で済ませています(『改めて加害児童への対応を振り返る』)。児童館の対応を市は本当に検証したのか疑問です。児童館資料で「現場唯一の大人」とされた被害者からの聴取も行われていません。指定管理者に依拠するだけの市は,自ら動いて情報を確認する・検証するという作業を行わなかったミスがあるので,こうした対応になっているようにも見えます。だから私は「指定管理者制度の失敗例」とここで書くのです。

 少年事件に対する新しい対応のことを書いてきましたつもりですが,娘の事件に関してはそうした動きに鈍感というか,それ以前のレベルの対応しかしてもらえなかったと思います。そしてそれは去年5月の時点でも改善されていなかったようです。神戸市の児童館の学童保育で女児が男児に触られた事件です。女児の父親が「被害者側がなぜ引っ越さなくてはいけないのか」と取材に怒りを伝えたのは,市が被害者に寄り添っていなかったことを意味していると受け止めています。

 コロナ禍の時代に入って,身近な場所での暴力が増えていると報じられています。そういう社会であればこそ,加害者に注目するだけでなく,被害者を思いやる方向に意識を高めることが必要だと考えます。