娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市松原児童館で小2男児が職員を背後からバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件についてのあれこれ,世に伝えられる暴力などについて考えたあれこれを記しています。4の付く日に更新しています。私の名前は,久保田昌加(仮名)。

事件は学童保育で起きたのですが

 2017年6月,郷里での1カ月の療養から神戸に戻った娘は,自身の生活が狂わされた事件に関し,全く語られない調査も行われない状況への疑問から,児童館に関係する人たちへの接触を進めます。事件を知っているのか,どのように受け止めているのか,再発を防ぐためにはどのようなことが必要なのか,などなど。しかし総じて,同情はされても前向きな意見にはなかなか出会えなかったようです。新聞報道の際に掲載された話ですが,教育関係者が集まる交流会では,事件を「単なる事故」と切り捨てられ,「児童が感情をむき出しにするのはむしろ良いこと」「小学生をなぜそこまで追い詰めるのか」と被害届を出したことを非難する人まで登場しています。
 そうした中で娘は,事件が児童館での学童保育中に起こっていることから,「学童保育連絡協議会」の集まりでも事件のことについて意見を求めて動きます。その中では,同様に子供からの暴力に苦しむ声にも出会えたようですが,詳しいことを尋ね進めると途絶えることが多いとも感じるようになりました。娘は,協議会の県・全国組織の関係者とも接触を重ねますが,やはり同様の反応があったようです。また,協議会の担当者から「係争中のものは扱えない」旨の制止を受けたこともあったようです。まだ係争の段階にもなっていないのに。牽制とも警告とも受け取れる,被害者を好ましくない存在として見ており,当時の関係者の共通認識をうかがわせる対応と私は見ています。

 そうしたことから娘は翌年秋,神戸市学童保育連絡協議会宛に文書での問合せを行います。児童館や学童保育における指導員への暴力を無くしたいという思いのもとに作成したようです。娘の文章は思いがあふれて伝わりにくいことが少なくないのですが,返答そのものをもらえなかったようです。ただ,以前に協議会関係者と面会の際に,神戸市に対して意見書?的な文書を提出したとの話があったとのこと。娘はその具体的な内容を何度も尋ねたようですが,曖昧な話に終始したようです。話したくなかったということでしょう。

 事件に関連する協議会と市のやり取りが気になった娘は,神戸市に対して情報公開条例に基づく公文書の開示を求めました。しかし神戸市は公開してくれませんでした。理由は「どのような要望を行なったかという情報を団体の意思に関わりなく行政が公開」すれば,団体の「自由な意思の形成や意思実現のための諸活動に支障が生じるおそれ」があり「正当な利益を害する」からとのことでした。おかしな話です。神戸市であれば学童保育開設場所が300ヶ所ほどあるのではないか推測していますが,市が行う公共事業を実施している連絡組織に関する情報がどのように「諸活動に支障が生じる」のか全く想像がつきません。競合する組織があるとも思えないので,どのように「利益を害する」との説明もズレているとしか思えません。もっとも回答担当がこども青少年課なので,事件関連書類の公開に際しても似たような誠意のない対応でしたので,そんなものなのでしょうけど。どういう「不利益」が想定されての回答なのか聞いてみたいところはあります。

 なお,先に記した協議会関係者に面会の際に対応してくれた方は,事件が発生した2017年5月の時点で事件の概要を知っており,娘の名前も知っていたとの発言があったようです。では,その事件の概要はどのようなものだったのでしょう。おそらく,児童館が市に報告し,市が事件発生後7ヶ月も経ってから新聞報道に慌てて記者会見した時の内容と同じものだったはずです。殴った児童は発達障害だった,凶器となったバットは柔らかかった,などに加え「被害者の傷は大したことではない」というのもあったでしょう。児童館作成資料に「事件現場の大人は指導員(被害者)だけ」と記しながら,その指導員から事件時の状況聴取もしないくらいですから。おそらくその内容には「指導員にも問題があった」的内容が含まれているのだろうと推測しています。事件を当初の予定通り矮小化して「事故」として処理するためには,そのぐらいの内容は含まれていたはずです。先に記した娘から意見を求められた人たちの,その後の反応が物語っているように思われます。

 周辺や関係者間状況も含めて調査されるべきことが行われないまま,事件は現在,加害者と被害者だけの問題に押し込められていると考えています。こうした矮小化がもたらしたものは何か。加害児童をそそのかす動きがあったことも含め,事件発生の事実が隠されています。なので,類似事件の再発防止策が考えられたとも思えません。何よりも,事件に直接関係した人や市の対応は暴力を許容する行為であると私は考えています。暴力とどう向き合うのか。そのことをこそ,重く考えなければならないのではないでしょうか。