娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市松原児童館で小2男児が職員を背後からバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件についてのあれこれ,世に伝えられる暴力などについて考えたあれこれを記しています。4の付く日に更新しています。私の名前は,久保田昌加(仮名)。

神戸市の回答に見える担当のずるさ(1)

 前回・前々回紹介した2018年3月22日市会常任委員会から6日後の28日,弁護士を交えての相談が行われていることを情報公開で知りました。当然中身は隠されていますが,1時間半ほど打ち合わせです。これ以前にそうした会議・打合せの資料はほかにありませんでした。これまでの課長以下の動きで考えると,市役所内の法務担当との相談もなかったのでしょう。本来であれば,こうした相談も被害者による被害届提出あたりまでには行われるべきで,この時期になって行われたのは,委員会でやっと事件の重みに気付いたということでしょう。
 では,この弁護士との相談を経て何らかの変化があったのかというと,被害者と距離を置く姿勢は変わりませんでした。おそらく法律的な瑕疵がなかったことの確認だけで,担当課としての不作為は問うことはなかったようです。担当課の狡猾な路線はそのまま進められることになります。事実とは向き合いたくなかった,という話です。それは,この後に行われる被害者からの質問状に対する回答でより鮮明になります。ここではその質問状への回答からうかがわれる神戸市担当課の事件への姿勢について記します。

 質問状の提出は,市会常任委員会で取り上げてくれた小林るみ子市議の勧めもあって準備を進めました。私ども親子から神戸市宛の質問状は,2回行われます。2018年5月に最初の「質問状」を出し,2週間後に「質問状(その2)」を提出し,これらに対する回答は翌6月にありました。翌19年3月に追加の形で「質問状(その3)」を提出し,同月末に回答をもらいました。今回は,18年5,6月分のやり取りについて記しておきます。
 質問内容は,事件の状況,事件後の被害者への措置(救急車を呼ばなかったこと),加害児童への対応,発達障害の発表,被害者への生活支援や補償,指定管理者と施設設置者の関係,事件としての認識(「事故」扱いの疑問)などの内容でした。個々の回答をここでは詳述はしませんが,全体を通して私が認識したことについて記します。

 被害者からの質問は,11項目27質問でした。回答内容は別として単純に質問に答えたかどうかで整理する,16の質問に対して回答があったことになります。27質問中16回答として考えると,59%の回答率ということになります。質問した側としては,全く触れていない11の質問について,触れなかった理由を知りたいところです。理由が記されていないことも含め,誠意ある姿勢が見られないということです。事件の事実に向き合っていないことを証明した数字とも考えています。アンケート調査じゃあるまいし100パー答えろよ!
 回答の中身に関しては,「指定管理者からの報告に基づいて」とする内容がほとんどです。その報告をどのように検証したかということを確認できる文言は見当たりません。施設設置者としての主体的な行動がなかったことが読み取れます。加害児童の行為を少年法から問う質問に対して,報告を受けた時点から触法性があると認識していたとしながら,警察が動くまで何の行動も取られず,同じ市の局内との連携もうかがわれません。彼らの「不作為」を感じさせるものしかありません。発達傷害の発表に関しては,報道の仕方に問題があるとする回答となっており,この前の3月の市会委員会での答弁が反映されています。その3月の委員会で部長が答弁した内容に関係する同じ質問も数カ所ありましたが,被害者には無回答でした。議員の質問には答えられても,被害者には答える必要がないという姿勢に見えます。質問については具体的に記述したつもりでしたが,回答は微妙にずれます。はやりの「ご飯論法」です。誤字・脱字も見受けられます。内容からみた回答率は「0%」としか言いようがありません。

 しかも,返された文書の形式もいい加減過ぎます。娘と私の連名で「神戸市長」宛で質問状を出しました。神戸市の担当は,市としての文書作成のルールである「公文書管理規程」(市のホームページに掲載されています)に沿って作成すべきはずですが,返された回答はそうしたルールに則ったものではありませんでした。一例を示すと,規則には「庁外宛に発送する文書の発信者名」は「市長,保健所長その他の市の意思等を対外的に表示することができる者の職名及び氏名」とありますが,末尾に「こども青少年課」と記されていただけです。規則に合う取扱い,規則にある「軽易」な取扱いにも該当しないような扱い方をされました。被害者をそうしたぞんざいな扱いをしてもかまわない対象とみなし,平然としていられる人たちなのでしょう。

 この文書のやり取りでは,神戸市担当者の真摯な姿勢がうかがわれるものは何もありませんでした。担当組織の狡猾さがより鮮明になる出来事となり,徒労感が増幅しました。残念でした。腹が立ちました。