娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市松原児童館で小2男児が職員を背後からバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件についてのあれこれ,世に伝えられる暴力などについて考えたあれこれを記しています。私の名前は,久保田昌加(仮名)。

脳振盪って軽くないんです

 娘が現在も治療を続けている脳振盪後遺症に関連して先月,患者の治療の大変に対する認知が低いことを記しました(『なかなか知られにくい脳損傷』)。脳振盪の重さに対する知識が普及していないことを憂慮する気持ちからのものです。
 私がこの問題を考えるようになったのは,2017年5月24日の事件から1か月後,警察などとの相談の中で救急車が呼ばれていなかったことを知ってからです。娘は頭をバットで殴られてからの記憶があいまいで,自身では救急車で病院に搬送されたものと思い込んでいました。私の常識の中でも,体の中でも大事な頭をバットで殴られるという重い事態なのだから,てっきり救急車が呼ばれたものと思っていましたが,事実はそうではなかったわけです。

 事件4カ月後の9月,児童館を運営する事業者(娘の雇用者)から労基署に提出する関係書類の記載を修正した旨の連絡がありました。添付された提出書類のコピーには,娘が記した「・・法人の車で脳外科を受診・・そこで意識が戻った」の記述の「そこで意識が戻った」部分に取消線が付けられ,法人印による訂正印が押されていました。連絡書面には「脳外科で意識が戻ったのではなく、すぐに意識は戻って」いた旨が記されていました。
 同封書類の中に,「当法人にて把握している事実関係は目撃者等からの聴き取り調査を経た」もので「最も正確なもの」ともありましたが,図々しい話です。事件対応への疑問を膨らませていた私は,反論の手紙を送りました。事業所の言い分が娘の記憶と異なること,頭部が打撃された状況を考えれば救急車を呼ぶ行動があって然るべきことなどを記しました。
 すると翌10月に入ってから,事業所の代理人(弁護士)から私への反論が送られてきました。内容的には,娘が事件直後から職員の質問に答えられるほど意識は正常だったので,救急車を呼ぶ必要がなかったというものでした。娘が通常の状態にあったことを示す意図から,児童館長が作成した事件直後の行動の詳細に関する資料も添えられていましたが,これ以前の7月に送られた資料に疑問を感じていた私としては,一方的な記述に納得できるわけがありません。

 ここでのやり取りを詳細に書き出していくと今回の趣旨から脱線しますのでこれ以上は続けませんが,頭を強く打撃された直後の娘の行動をどう見るか,が今回のテーマです。上記の時点での私は,人が頭に衝撃が受けた時の状態について具体的な情報を持ち合わせていませんでしたが,その後,インターネットや本で知識を蓄え,「脳振盪」について具体的に認識できるようになりました。しかも,娘も何とか脳外傷の専門医にたどり着くことができ,脳振盪後遺症の治療を始めるようになったことも情報源となりました。

 一般的にノウシントウに対する認識は,「頭を打ったらフラッとして」というレベルで終わるのではないかと思います。若い頃好んで見たラグビーの試合では,頭を打ってグランドに倒れた選手の頭にヤカンの水がかけられると,やおら選手が立ち上がって戦列に戻るシーンがあり,「魔法のやかん」とアナウンスがあるのがフツーの光景でした。しかし実際は,かなり危険性の高い症状に選手が置かれていることがわかり,現在は接触プレーの多いスポーツ団体においても脳振盪直後の試合復帰を避け,長期の休養を求める方針を出すように変わってきています。
 脳振盪の発生構造について記すと,頭に衝撃を受けると,頭蓋骨の中で液体に浮かんでいる脳が何度も頭蓋骨に衝突し,これによって自分の状況を理解できず,前後の記憶も混乱するようです。スポーツシーンで頭を打った選手が「大丈夫」と言って復帰したものの,そのことを後で思い出せないというのがこれです。記憶消失と言います。こうした受傷直後の一過性の意識消失や記憶障害に加え,その後長期にわたって頭痛・めまい・疲労感・不眠・ストレス・情緒的興奮などの後遺症にも悩まされることになります。しかも,CTやMRIなどの画像検査上ではほとんど異常を確認できないことから,詐病扱いをされることも少なくないとされます。受傷時の状況をどれだけ丁寧に医師に伝えられるかが大事なようです。

 娘の話に戻ります。私は,娘が病院で正気に返るまでの状況は脳振盪による記憶消失の状態だったと考えています。今もって事業者(児童館)側は,事件直後の娘の状態は正常だったと主張するでしょう。そうしておかなければ,事件への児童館の対応そのものへの疑問が噴き出すことにつながりかねませんから(『脳振盪,知らない振り?』)。それとも,本当に脳振盪のことを知らないのでしょうか。それはそれでまた無知が過ぎる話です。いずれにしても,このような人たちが子供の現場を担っていることに不安を覚えます。子供に何かあっても救急車も呼ばれないのではないか,と。