娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市松原児童館で小2男児が職員を背後からバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件についてのあれこれ,世に伝えられる暴力などについて考えたあれこれを記しています。私の名前は,久保田昌加(仮名)。

医者と向き合う中で

 小2男児にバットで頭を殴られた娘の,その後の治療経過でのことを記します。頭に衝撃を加えられた場合,目に見えない脳の機能不調が何らかの形で体に影響を及ぼすものと私は考えていました。その後の娘の体調と関連する診療状況を見ていると,その考えはあながち外れたものではなかったようです。

 娘の症状を具体的に記すと次のようになります。まず事件当日,最初の病院を受診中に気付いたのが,殴打された箇所に近い右耳が「聞こえない」ということでした。この受診の際に,脳に関する異常を確認してもらえませんでしたので,聴力の問題,つまり耳鼻科が主体となる形で治療が始まります。しかしその後の入院・療養生活の中で,殴打された箇所に近い頭部・頸部や右肩周辺を中心とした痛みや機能不全などが自覚されるようになりました。加えて,バットで殴られるという想像を超える心理的なショックにより興奮を覚えるなど,精神的に不安定な状態も明らかになってきました。

 以上の症状を具体的に示すと,右耳に関連しての聴力低下・耳鳴り・耳閉感・めまい,打撃に伴う頸部痛・頭部痛・右上肢筋力低下,精神面での抑うつや不眠などがあげられます。病院の受診科でいうと,耳鼻科,整形外科,神経科,精神科というあたりになり,これにカウンセリングも加わることになっていきました。
 しかも,一つの症状に対する医者が一人という形では進みませんでした。患者と医者の相性の問題といえばいいのでしょうか。典型的な例を一つ。一度目の診療の際に「耳が聞こえないというだけでなく,脳が打撃を受けて機能しなくなっている可能性があるので,詳細な検査を行って総合的な診療計画で治療を進めましょう」と言われ,希望を感じつつ二度目の診療に出かけたところ医者が変わっていて,治療箇所に関連する症状を述べる娘に対して「検査機器のデータには出てない」ので「そのような症状にはない」と言い,食い下がる娘に対して「自分は生活保護の者をたくさん診てきて,詐病かどうかは判断できる」と言い放った医者がいました。気丈な娘もこの時は泣きながら電話をかけてよこしました。高度な知識技術をお持ちの方かもしれませんが,人としては「いかがなものか」な医者だなぁ,患者に寄り添う姿勢を少しは見せてほしいものだなぁと感じたことがありました。それやこれやで,これまで通った病院は11か所を数えるようです。

 「脳が打撃を受けて機能しなくなっている可能性がある」とする見解は,他にも口にする医者が複数いたようですが,頭部外傷を専門とする医者に巡り合うまでに,受傷から1年半の時間がかかることになりました。やっとたどり着いて今も診療をいただいている専門医は,頭痛や睡眠障害,PTSD(外傷後ストレス障害)に関し,脳振盪後症候群につながるものとされ,整形系も何らかの影響が考えられるとの診断をいただいています。娘もこうした診断のもとで,自身に現れている様々な症状に関して納得できる心境を得たようです。しかしながら,この専門医の診断は,労災においてはやはり採用してもらえませんでした。以前もこのブログで紹介しましたが(『なかなか知られにくい脳損傷』),頭部外傷による脳損傷に関しては「被験者が少ない」こともあって,まだ公的な補償制度の中では認めてもらえない現実があるからです。しかし実際には,脳という見えない部位の損傷は並の検査では確認しづらく,目に見えぬ痛みに苦しむ暮らしに放り込まれます。加えて専門医が限られた現状もあり,先の見えない苦しさにある人は少なくないようです。頭部外傷に伴う脳損傷に対する世間の認知が,早く高まることをひとえに願うばかりです。

 娘の治療経過で考えると,最初に受診した病院が脳外科で「脳振盪後症候群、外傷性頭蓋内出血の疑い」の診断もあったようですが,治療に進むことなく一度の受診で終わっています。娘の1時間半に及ぶ意識消失も「なし」とされています。これに関しては,受傷後放置されて2時間も経ってからの受診になったことや,付添いした者が事件に関する虚偽の申告をする悪意の人で(『やはり「うずくまる」は作為だった』)現場情報を伝えなかった,などの影響が大きかったと考えています。だからこそ,救急車を呼ぶ善意の人が増える世になってほしいと私は考えるのです。