娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市松原児童館で小2男児が職員を背後からバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件についてのあれこれ,世に伝えられる暴力などについて考えたあれこれを記しています。4の付く日に更新しています。私の名前は,久保田昌加(仮名)。

診療記録から抽出する意図

 昨秋より,娘の事件に対する労基の判断に対する疑問を折々つづってきましたが,今回もそれに続きます。これらの疑問は,娘に送られた労災に関する「決定書」の写しを見ながら拾っていますが,この中にはこれまで診療を受けてきた病院で作成した資料から作成されています。私には医学的知識がありませんので,この資料に目を通すにしても医療的な内容ではない部分から考えることになります。数多い病院の記録から必要な内容が抽出されたわけですが,その抽出がどのような意図で行われたのかが推測できる記述もあります。その意図について考えてみようと思ったのです。

 これまで娘を診察した14名の医師の名がアルファベットで表記され,診療の要旨を記した「医証」と記された箇所があります。それぞれの病院や科に残された医師の記録から拾われたことを意味するようです。これまで娘が受診した科で記載すると,脳神経外科耳鼻咽喉科神経内科・整形外科などです。

 まず読み進めて気付いたのは,記載の項目が一定されていないところがあるということです。できるだけ客観的に考えようとするのであれば,できるだけフォーマットは共通していた方が良いはずですが,多くは統一されていますが全てではありません。診療科や受診時期の関係で違いで変更が生じる部分はあるのでしょうが,必ずしもそれが要因とは思えないところがあります。フォーマットそのものを感じさせない記述の部分もあります。このことは,客観性を旨とした整理が十分に行われなかった,もしくは何らかの強調を必要としたのではないかと受け止めています。ただこれまで疑問を呈してきた身とすれば,「なぜこの病院は他の病院と違う?」とか,「労基の担当はどんな下心でこの記述を選んだのか」と,つい考えたくなります。

 分量的に多いこともあり,どこから考えれば良いのか迷っていましたが,適当な印を見つけました。なぜか行の冒頭に「※」マークを付けた個所があるのです。この「※」(通称米印)は日本語表記で使う記号で,本文と区別する場合や注釈を入れる場合など使われますが,ここではどのような意図で用いられたのでしょう。そこでこれを追いかけることにしました。マークは18個。これらの18カ所について改めて読み進めると,概ね意図するところがうかがえるような気がします。ただ残念なことに,ここで具体的に記載文章をそのまま引用すると後々差しさわりが生じかねないので,まずは整理したものからやや抽象的に列記することをお断りしておきます。
① 神戸市の病院で入院の勧めや移動の危険説明があった。
② 請求者(娘)が病院で発した説明が医師の記録に残されていない,頭部検査に関して異常が出ていない,請求者の訴える症状を検査では確認できない。
③ 請求者が有効な検査や治療を求めて積極的に医師に働きかけている。
④ 請求者や家族は不安が強過ぎる,家族の希望で診察に応じた。

 ある程度特徴的な要素で整理すると,以上のようなところが内容になるかと思います。とりあえず説明・反論を記しておくと,①に関しては,不安を感じた娘は郷里での入院加療を選択していますが,医師が説明をした入院や危険に関する根拠は記載されていません。②については,請求者は虚言をしたり大袈裟な訴えをする人だと言いたいようです。③については,患者が治療について積極的に希望を出したりするのは嫌いなようです。④については,時に過ぎる場合があるかもしれませんが,正直に不安を口にするのは悪いことではないと思うのですが。
 一言でいうと「請求者(娘)の人格に問題がある」としたいのだと思います。そのことを示す記載が「※」だった,と私は読んだのです。医師の記録の中にこうした人をおとしめる記述を交えることの意味は軽くないと考えます。医師が科学的に記述したところに報告作成担当が情実を盛り込んだ,という話です。前述のフォーマットに乱れがあるのも,そうした意図が働いてのものではないかとも考えたくなるのです。

 今回の「医証」の部分を見るだけでは,なぜ事件当日と翌日の診療だけを労災と認めることにしたのかは伺えません。その後の脳外傷専門医による治療をバッサリ切ってしまった意味もわかりません。脳外傷と上述のたくさんの受診科との関連をこそ私は聞いてみたいと思っています。