娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市児童館で小2男児が職員を後ろからバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件以降のあれこれを記していきます。ブログ開設趣旨を,開設日2018年10月3日に記載しています。私は,久保田昌加(仮名)

隠そうとするから疑問が膨らむ

 娘は子供と関わる仕事をしたいと勉強を続けてきて,その対象から暴力を受けるという事件に遭遇し,身体的のみならず精神的にも大きな荷物を負わされながら,子供と関わる自分の未来を考え続けてきました。そのため,事件の実態を語りながら,教育・学童保育など子供業界の方々と言葉を交わし続けています。
 そうした中で,兵庫県・神戸市の学童保育連絡協議会の関係者とも接触を持ちました。そこでの話では,事件直後に「松原児童館で先生をバットで殴った子がいる」という情報を得,神戸市子ども家庭局に対し何度も要望や質問を出したものの,それに対する回答は一度もないという話だったそうです。

 そこで娘は神戸市に対し,学童保育連絡協議会からの意見書・要望書・質問書と,これに対する回答書の情報公開を求めました。それに対し,神戸市は「公開請求の拒否による非公開決定通知書」を返されました。つまり見せないと。その理由について「特定の団体が実施機関に対して、どのような要望を行なったかという情報を団体の意思に関わりなく行政が公開するならば、当該団体の自由な意思の形成や意思実現のための諸活動に支障が生じるおそれがあり、当該団体の正当な利益を害することとなるため」とありました。
 用語が精査されておらずわかりにくい文章です。シンプルに考えて,学童保育という公の事業を実施する現場で連携する方々が,見られて困るような書類を提出するのでしょうか。競合する組織でもあるのでしょうか。どのような支障なのか皆目検討がつきません。なぜ前回のような部分的な白抜き(目隠し)公開ではなく,全文隠しになってしまったのでしょう。前回と異なる重さが隠されているのでしょうか。担当課はいつもの「こども青少年課」ですから,これまでを考えると,やはり疑って考えるしかありません。

 今回の話は,学童保育関係者に関連する話ですが,教育や福祉など子供を相手にする業界の中には,子供の暴力を「寛大に」受け止める大人が少なからずおられるようです。
 一番分かりやすい例は,娘の事件が最初に報じられた新聞に掲載されていた次の話です。事件後の10月,教育関係者が集まる交流会に出席した娘に対し,事件を「単なる事故」と切り捨て,「児童が感情をむき出しにするのはむしろ良いこと」「小学生をなぜそこまで追い詰めるのか」と,被害届の提出を非難する御仁がいたことです。

 子供を聖域の存在とし,過ちを犯した子どもには大きな愛で「まともな方向」に導けるとする使命をお持ちの方と想像します。「子供は天使だから」と。ただ私は,「子供は100%天使か?」という疑問を持っています。親の側は今,虐待とかネグレクトとか様々な課題が表面化しています。世の中の親子の100%が,善良な環境にあるわけではありません。育つ環境に暴力的な要因が潜んでいる子供もいるはずです。「子供だから全て善し」とする考え方は,余りに盲目的・個人的で時代錯誤なものと私は考えています。
 何よりも,子供の暴力行為を認めることにつながります。私は,子供であっても人を危める行動を決して許してはいけないと考えます。子供であっても暴力は触法(大人であれば「犯罪」),法に触れたら聖域に置くべきではありません。暴力があったらまず暴力行為を厳格に検証するべきです。子供への愛情を優先させたい人たちが,事件を厳格に検証できるとは思えません。未来を見据えた矯正や教育の出番は,あくまで検証後のことと考えます。どのような行為があったかを確認しなければ有効な再発防止策も立てられないはずです。ここのところを理解できていない人たちが前述のような発言をするのだろうし,似たような考えを持つ人は少なくないと考えるのです。

 娘は,被害届を出したことで「事件を警察に売って大げさに騒ぎ立てるあるまじき職員」的言動にも遭遇したようです。先に記した偏った考え方の人と重なる言説です。そのような発言が実際にあったとすれば,事件そのものを矮小化したい人が発したものでしょうし,暴力の容認と事件矮小化の糊塗,そして自己防衛以外の何ものでもないと私は考えます。娘の事件が隠蔽・矮小化の方向に走り,今もってその是正も行われないのは,事件関係者の中にそうした考え方の人たちがいるからだと思います。神戸市が今も事実と向き合おうとしないのは,そうした人たちとの関係性からくるもので,先に記した公文書の非公開の判断もその中にあることを物語っています。娘の事件が解決の方向に向かえない一番の難しさは,実はここにあると私は考えています。

 娘の事件が報道されるまでには,半年以上の時間が掛かりました。この8月に起きた兵庫区の児童館で起きた事件も,報道されるまで2カ月以上掛かっています。なぜそうなるのか。隠蔽・矮小化や自己防衛のための時間稼ぎが行われるからだと,私は考えています。