娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市松原児童館で小2男児が職員を背後からバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件についてのあれこれ,世に伝えられる暴力などについて考えたあれこれを記しています。4の付く日に更新しています。私の名前は,久保田昌加(仮名)。

凶悪な事件を起こした少年をどうするのか

 15歳の少年による,何とも凶悪な殺人事件が起きました。大きく報道されましたが,なぞっておきます。事件は8月28日の午後7時半頃,福岡市の商業施設で,この施設に友人と遊びに来ていた21歳の女性がトイレで,包丁で10カ所以上を刺され,病院へ搬送され後に死亡が確認されました。少年と女性が面識のない通り魔事件で,何とも無残で無念な話です。その後少年は現場に居合わせた6歳の女児に馬乗りで包丁を突き付け,女児の母親に包丁を向けて脅していたところを,たまたま居合わせた男性(非番の消防職員)がタックルして警備員と取り押さえたようです。
 その後さらに問題の根の深さが見えていきます。少年は幼い頃から児童福祉施設で暮らし,ここでの暴力行為が問題となって少年院送致となっています。具体的には報じられていませんが,相応の非行事実があったのでしょう。少年は26日に少年院を仮退院となり,更生保護施設に移った翌日に無断でいなくなり,行方不明届が出されていたとのことです。少年の行動に関しては,凶器として使った包丁が事件のあった商業施設で万引きされたものであること,「女性に興味があり近づいた」「襲って抵抗されたので刺した」との供述,多数個所の切り傷,逃げようとしての女児と母親への脅しなど,15歳の年齢云々以前の凶悪さが見られます。

 ネット上ではさっそく「少年法」たたきが始まっていました。こうした事件が起こるたびに,少年法の限界が語られます。「凶悪事件を起こした少年を許すのはおかしい」的意見,「厳罰化」を求める意見です。私も共感できますが,それだけでは十分でないとも思います。少年事件そのものの発生件数は長い期間にわたって減少傾向の中にあるので,一律厳罰化すれば済むという話にはならないと思います。件数としては減っていても凶悪事件は無くならないし,凶悪化しているとの話もよく目にします。むしろそこの問題です。もともと更生を目的とした少年法と,更生とは程遠い凶悪な犯行の実態がかけ離れており,そこの部分こそが問題なのでしょう。

 少年法自体は再非行の抑止や更生を旨としているわけですし,実際にはそうした措置がうまくいっている例の方が多いのではないかと思っています。大人の再犯率が一般の人より高い傾向にあるように,少年の再犯率も同様な傾向があるのではないかと思いますが,それを引き下げるための関係機関による努力で,それなりの成果もあるはずです。しかし,どうしてもそこから外れる者が登場することが問題なのです。今回の少年は,場当たりで感情をコントロールできない未成熟な面を見せながらも,複数個所を切りつける残忍性を見せており,こうした加害者を「少年」の名のもとに扱うことに抵抗があるのです。どんなに制度を整備してもそこからはみ出す者が出てきます。その時にどうするか,です。稀に登場する凶悪な少年でも,少年法の範疇にとどめなければならないのでしょうか。「どんな子供でも更生できる」と言う聖職者顔には登場してほしくありません。凶悪な行為に走った少年を更生の方向でだけで対応することには違和感を覚えます。

 今回の少年には,少年院に送致された過去,大人でいえば「前科」があるということになります。この時の非行に対して何らかの更生措置が取られていたことは確かでしょう。しかし,そうした措置がこの少年には効果がなかった,ということになります。少年院へは入って出てきただけ。まずは,最初に取られた措置の検証こそ厳しく行われるべきだと思います。そうしたことの積み重ねでしか制度の改善は図られないものと考えます。

 少年に飛びついて次の凶行を未然に防いだ消防職員など救われる部分もありましたが,突然の暴力で恐怖に引きずり込まれ,未来を断たれてしまった被害者の無念さが一番の衝撃です。心からお悔やみ申し上げます。現行の制度の中では,加害側への措置・罰則は決められていますが,被害者には触れられません。裁判の報道を目にすると,被害者に対する同情あっても,結局は加害者が有利に感じられることが少なくないようにも感じられます。制度としてはやむを得ないのでしょうが,被害者の思いがもっと反映される制度や社会であってほしいと考えるところです。