娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市松原児童館で小2男児が職員を背後からバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件についてのあれこれ,世に伝えられる暴力などについて考えたあれこれを記しています。私の名前は,久保田昌加(仮名)。

トヨタのパワハラ和解で考えたこと

 前回掲載予定の6月4日はできませんでした。プライベートイベント発生でゆるりと考える時間を失ってしまったからですが,我が筆力の無さを露呈してしまいました。スミマセン。

 さて先週,「パワハラ自殺、トヨタと遺族和解」との記事を見て,さまざまに考えましたので,そのことについて記します。まず報道の概要を記しておきます。
 2017年にトヨタ自動車の男性社員(当時28歳)が自殺します。この社員は大学院を修了した15年4月に入社し,翌16年3月に本社で車両の設計などを担う部署に配属されますが,直属の上司に「バカ,アホ」「死んだ方がいい」などと繰り返し言われたようです。この年の7月に休職し,10月に同じ部署で復帰したものの,翌年10月に命を絶ちます。遺族は19年3月に労災を申請し,その年9月に労働基準監督署パワハラが原因で適応障害を発症したとして労災を認めます。ここまではパワハラ報道共通の既視感を感じるところですが,今回はこの先が違いました。
 死亡の原因がパワハラにあることは,トヨタ豊田章男社長には報告されていなかったようです。労災認定から2カ月後にこのことが報道され,その時初めてこれらの経過を知った社長は,副社長と2人で遺族に面会して謝罪し,この場で再調査と再発防止策の実行を約束したとありました。
 その後トヨタでは,能力重視から人間性重視への評価基準の変更をパワハラ防止策に位置づけて実施を前倒するとともに,管理職以上の者に対する複眼的な人間性分析と適性判断を進め,パワハラに関する相談窓口や精神科医が常駐する相談センターを設置したようです。これらの再発防止策が示され,その上で今年4月,トヨタと遺族との和解が成立します。今月に入っての報道に際し,遺族側は「豊田章男氏から弔問を受けて再発防止を約束して頂いた。今後も注視していく」とコメントを出し,一方のトヨタは「再発防止策を推進して風通しの良い職場風土を築くよう努力を続ける」としています。

 企業におけるパワハラに関しては,昨年6月に改正労働施策総合推進法で「指導」との境界が曖昧だったパワハラが定義され,予防のための研修や相談窓口の設置が義務付けられています。会社がパワハラへの適切な対応を怠れば都道府県の労働局に通報でき,是正指導や勧告・社名公表の対象とされるようにもなりました。とはいえ,パワハラ防止策にどこまで取り組めるかは企業それぞれの姿勢や,職場における個々人の対人関係に関わることなので,一朝一夕で進む話ではありません。多くの企業が難渋しているのが現状でしょう。今回のトヨタの件でも遺族への最初の謝罪の際,パワハラの経過を知り得なかったことについて社長が「これが今の会社の体質」と発言していたとありますから,トヨタであってもまだ十分ではない状況がわかりますし,報道に伴うトヨタの見解もそれを裏付けています。先進的な動きを示したトヨタでもそのような状況にあります。
 パワハラ防止対策はまさにスタートしたばかりの段階といえます。だからこそ私には,トヨタ社長の行動は時代の先端を感じるし,あるべき指導者像に見えるのです。「さすがは日本を代表する企業のトップ」と思いました。多くのリーダーにそうした判断をしてほしいと考えますが,現実にはそうではない旧来の考え方が主流のはずです。身近に起きる暴力行為に対しては,断固とした姿勢を持つリーダーが増えてほしい。

 多くの暴力被害者は,直接の暴力行為のみならず,社会的な理不尽の中で苦しむことが少なくないと考えています。娘の事件でも,子供の暴力行為であることをよいことに,関係者は保身を優先して事実を調べようともせず矮小化したままに置かれました。人としての在り方に疑問を感ずることが多かったからこそ,トヨタ社長の判断に新鮮さを覚えるのです。新しい社会のリーダーにはそうあってほしいと切に願うところです。そして,子供であっても暴力行為に対しては毅然とした対応ができる社会であることを望みます。暴力に対しては毅然と。そのことを多くの場面で一人ひとりが意識してほしいと考えるのです。