娘をバットで殴られて

2017年5月24日,神戸市松原児童館で小2男児が職員を背後からバットで殴る事件が起きました。その職員は私の娘です。事件についてのあれこれ,世に伝えられる暴力などについて考えたあれこれを記しています。私の名前は,久保田昌加(仮名)。

市は指定管理者の広報係?

 2017年5月の児童館での事件後,神戸市役所から被害者に対する連絡や接触は全くありませんでした。公の立場に対する期待感もありましたが,何の接触も無いまま12月の神戸市記者会見を迎え,ここで神戸市が敵対的存在であることがわかりました。事件を自ら調べることもなく,事態を軽く扱いたい指定管理者の情報に依存し,公の仕事としては疑問が残る対応と考えています。そうした疑問を事件1年後の今年5月,神戸市長宛で質問状を提出しました。

 市は回答の中で,市が被害者に接触しなかったのは「市の指定管理者の被用者と直接お会いする立場にない」としています。業務上の指示に関するのであればそうかもしれませんが,事件に関する調査などは業務上の制約が該当するのか疑問が残るところです。その回答の中では「指定管理者の」「指定管理者が」とする表記がよく出てきます。市は「指定管理者から事実確認を行い、指導する立場」という回答もありました。3月の市会常任委員会でも,「事件は指定管理者の問題」と答弁していました。いずれにしても,市と指定管理者の関係を整理しておく必要があるようです。

 市への質問に関して,次のような回答もありました。「指定管理の協定上、本件は指定管理者としての業務上起こった事案であり、指定管理者が対応」。ここに記載されている指定管理者との協定書については情報公開で得たので,これで確認しておきます。
 「業務上起こった事案」という表記について,協定書の中にある「リスク分担表」には,
『第三者への賠償(国家賠償法に基づく求償権を市が指定管理者に行使する場合を含む)』欄に,
「指定管理者としての業務及び自主事業により損害を与えた場合」→指定管理者欄に「〇」
「施設・設備の設置に関する瑕疵により損害を与えた場合」→市欄に「〇」
とあり,上記2欄の次に「上記以外の理由によるもの」は「協議による」と記載されています。神戸市の「業務上起こった事案」という回答は,この記載を指すものでしょうか。施設利用者である加害児童や施設職員である被害者(娘)は第三者でしょうか?

 しかし,今回のような事件が発生した時にそれだけで良いのだろうかという疑問が残るのです。特に,事件現場の情報について,現場にいた被害者の話を聞くこともなく公表しています。その後の被害者からの異議を無視する行動を私は「二次被害」と呼んできましたが,全体を見ようとしない姿勢には大きな疑問を持っています。

 改めて指定管理者と市の関係性を事件以降の経緯で振り返ってみると,そのことがよくわかります。特に,事件後から6月5日に市課長が児童館に赴いて確認するまでの動きは,神戸市のこれまでの姿勢の核心になっているように思われます。

 10/11『「事故」現場はどのようにできたのか』にも記したので,簡単に記します。事件翌日の5月25日に電話報告がされますが,神戸市から担当が確認に出向くことはなく,その後FAXによる報告も入れられます。6月5日になって初めて,市から現場に課長・係長が出向きます。指定管理者からの報告は「大したことではない」とするものだったはずですし,それゆえ事件後12日も経ってからおっとりと現場に出向き,現場への労いの言葉を口にします。そこを境に,被害者が被害届提出の動きを指定管理者に説明する6月28日まで,事件に関する動きがなくなります。事件発生から6月5日までに,事態はほぼ収束された形になったことが推測できます。

 ここまでの動きからわかることは,市は事件現場に関する独自の情報を何も持っていない,ということです。もちろん,被害者がどのような状況にあるかなどの情報は全く無かったはずです。独自情報も無いまま「指定管理者から事実確認を行い、指導する」ことができるのでしょうか。指定管理者制度の問題ではなく,取組み姿勢の問題です。

 しかし,娘からの被害届提出により,事態は彼らの予想外の方向に展開することになります。明らかな触法行為を行なったにも関わらず放置されていた少年に対し,警察が少年法に基づく触法調査を始めることになったわけですから。この状況変化を受け止めて独自な動きを始める選択もあったはずですが,指定管理者に任せっぱなしにしたツケでそうした方向に踏み出すことへの不安が勝ったのでしょう。あとは指定管理者と一蓮托生の道を選んだということだろう,と私は推測しています。

 その後の,特に12月以降の神戸市は,指定管理者の情報に依存する,指定管理者の広報係に見えました。指定管理者とともに事態を軽く印象付けるための打合せもあったでしょう。独自情報がないので,被害者にも会いたくなかったはずです。面会しない理由とした「指定管理者の被用者と直接お会いする立場にない」という回答も,怠慢に対する後付けの言い訳としか受け取れません。指定管理者制度によって市の事業者としての主体性を放棄した,制度の失敗例にしか見えません。

 指定管理者は数年に1度選定されるのが一般的ですが,こんな対応で適正に選定できるのでしょうか。老婆心ながら,そんなことまで考えてしまいます。